このインタビューは、桜花ライフアカデミー代表・石井豊との対談動画をもとに構成しています。
就職氷河期、訪問販売の世界に飛び込んだ
正直に言います。学生時代、私はあまり真剣に生きていませんでした。
就職氷河期のど真ん中。周りが必死に就職活動をしている中、私が就いた仕事は訪問販売——教材系の営業職でした。新卒で40〜50人が入社して、ほとんどが辞めていく。そんな過酷な環境です。
毎日、知らない家のインターホンを押し続ける。断られるのが当たり前。契約なんてそう簡単に取れるものではありません。
成果が出ない日々が続く中で、ある日、とんでもないことが起きました。
犬にスーツを破かれた日

新卒1年目のある日。訪問先のドアが開いた瞬間、大型犬が4匹飛び出してきました。ゴールデンレトリバーです。
飛びかかられ、噛みつかれ、スーツはボロボロ。髪もぐしゃぐしゃ。飼い主さんに文句を言いたい気持ちを抑えて、精一杯の爽やかさで対応しました。
当然、契約は取れません。
ズタボロの姿のまま電車に乗って帰ると、周囲の乗客は誰も近づいてきませんでした。
今なら笑い話です。でも当時は、本気で「自分は何をやっているんだろう」と思っていました。
教訓を一つ挙げるなら、「訪問販売は、犬がいるか確認してからドアを開けるべき」ということでしょうか。
父親の手紙
約1年で訪問販売を辞めることにしました。
「根性なし」と思われるかもしれない。特に、父親に怒られる覚悟はしていました。退職を報告した時、父はそっけない反応で、それ以上何も言いませんでした。
翌朝、目が覚めると机の上に手紙がありました。父親の手書きです。
「よく頑張った。気にするな。飯ぐらい食わせてやる」
この手紙を、私は今も手帳に挟んで持ち歩いています。辛い時に読み返すと、自分は1人じゃない、応援してくれる人がいると思い出せる。これが私の原点です。
「頑張ってるね」——人事という仕事に出会った瞬間
訪問販売で結果が出ず、苦しんでいた時期のことです。
社内の人事担当者が、私にこう声をかけてくれました。
「鶴谷くん、頑張ってるね」
たった一言です。でも、その一言が私の人生を変えました。
それまで人事という仕事は「採用面接をする部署」くらいの認識しかありませんでした。でも、苦しんでいる社員の隣に立って、声をかけて、応援する。それが人事の仕事なんだと気づいた瞬間、強い憧れが生まれました。
「いつか、自分もこういう仕事がしたい」
その後、転職を重ねながら人事職でキャリアを積み、大手ハウスメーカーやIT企業で採用責任者を務め、20年間で200人以上の採用に携わることになります。
でも、人事の仕事で私が最も大切にしていることは、採用のテクニックではありません。
答えを持たずに面談に臨む
社員の悩みを聞く時、私はあらかじめアドバイスを用意しません。
答えを持って臨む時点で「上から目線」になってしまうからです。幼稚園児に話しかける時、大人が膝をつくのと同じ感覚。まず相手と同じ目線に立つことを徹底しています。
だから私の面談は「こうすべきだ」という指導はしません。基本的に質問だけです。
「どうしたらいいと思う?」「原因は何だったんだろう?」
本人が自分で気づくよう促す。指示命令では一時的な効果しかなく、自分で気づかないと行動は変わらないと私は信じています。面談が2時間に及ぶこともありますが、それでいいんです。
組織の中で、社長はお父さん、人事担当はお母さんのような存在が理想だと思っています。社長が無理に社員と目線を合わせようとするとギクシャクする。だから社長と社員の間にパイプ役が必要です。中小企業ではそのポジションが空いていることが多い。そこに私が入っています。
寿司屋のバイトで学んだ「橋渡し」と「期待を超える」こと

人事の仕事に就く前、私の考え方を決定づけた経験が2つあります。どちらも、学生時代に新宿の高級寿司屋でバイトしていた時のことです。
秘書の振る舞いに見た「出世する人」の共通点
ある日、社長と秘書と取引先が同席する席がありました。私はカウンターの向こう側から、秘書がどんな振る舞いをするかをじっと観察していました。
お酒が減ってきたタイミングで、秘書が率先して自分のグラスを空ける。すると取引先も「じゃあ私も」と頼みやすくなる。場の空気を読んで、自然に橋渡しをしていたんです。
「こういう人が偉くなるんだ」
直感的にそう感じました。そして、自分の仕事スタイルにも取り入れようと決めた。後に人事として「社長と社員の間のパイプ役」を務めるようになったのは、この夜の観察がきっかけです。
銀行支店長からのボールペン
バイト最終日。常連の銀行支店長が、私にボールペンをプレゼントしてくれました。
思いがけない贈り物に、心の底から感動しました。期待していなかったからこそ、嬉しさが何倍にもなる。この時、「期待を超えると、感動に変わる」ということを体で覚えました。
大事なのは、ここからです。
ボールペンをもらって嬉しい——で終わらせなかった。「自分も誰かにこれをやってあげよう」と、次の行動に変えたこと。それが私のスタイルの原点になりました。
以来、人とのご縁を大切にする時にはプレゼントを用意するようにしています。石井に贈ったカヌレも、自分で並んで買ってきたものです。人に渡す方が、自分で食べるより何倍も嬉しい。
アンテナを立てて気づきを得ることは、誰にでもできます。でも、それを次の行動に繋げられるかどうか。そこが分かれ道です。
70ページの企画書を2枚にした日
人事としてキャリアを積む中で、忘れられない失敗があります。
前職で新規事業の企画書を作成した時のことです。気合を入れて70ページに仕上げ、社長に提出しました。「これだけ作り込めば、きっと褒めてもらえる」と思っていました。
社長の反応はこうでした。
「俺が70ページ見る時間あると思うか。3ページにまとめてこい。表紙込みで」
つまり実質2枚です。大きなショックでした。
でも、そこから学んだことは計り知れません。社長が知りたいのは3つだけ。「この事業でいくら儲かるか」「社会貢献になるか」「困る人は出ないか」。この本質的なポイントだけを事業概要1枚と数字1枚に凝縮したところ、今度は社長から質問が次々と飛んでくるようになりました。
70ページを作り込んだこと自体は無駄ではありません。その内容が頭に入っているからこそ、社長の質問に即答できた。「人に見せる資料は重要なところだけに削り、詳細は頭に入れておく」——このスタイルを、私はここで身につけました。
社会人として最も大切なのは、結論から先に話す習慣です。就活中の人に一つだけアドバイスするなら、「まずYes/Noや状況を先に答える癖をつけること」。これだけで印象が変わります。
「かっこいい俺」の終わり——稲盛和夫との出会い

30代前半まで、私は「尖って」いました。
スタバでノートPCを開いて、Yahoo検索をしているだけなのに「かっこいい俺」だと思っていた。先の尖った靴、ストライプのスーツ。見た目ばかり気にして、中身が伴っていない。当然、仕事の評価も上がりませんでした。
転機は、盛和塾で稲盛和夫氏の講演を聞いた日です。
「世のため人のために行動していますか?」
この一言を受けた瞬間、自分を全否定される感覚を覚えました。何も言い返せなかった。自分のことしか考えていなかったことに、初めて気づいたんです。
そこから、「人のためになる行動」へとシフトしました。
評価は他人がするもの
「俺はちゃんとやってるのに評価されない」
かつての私は、いつもそう思っていました。でも、それは自己評価と他者評価のずれから来る不満に過ぎません。
評価は、自分ではなく他人がするものです。
この当たり前のことに気づいてから、行動の基準を変えました。「ありがとう」と言ってもらえることだけを基準にする。感謝される行動を取り続ける。
すると不思議なことに、役職もポジションも上がっていきました。やがて取締役に就任し、独立への道が開けた。尖った靴を履いていた頃には想像もしなかった景色です。
「やるか、もっとやるか」
独立を決めた時、不安がなかったと言えば嘘になります。
でも私の中には、「やらない」という選択肢はありませんでした。行動しなければ失敗もない。失敗がなければ成長もない。失敗を恐れて動かないことの方が、よほど怖い。
「不安の向こう側に行っちゃった」——自分でもそう思います。
人事部を持たない中小企業の経営者や社員が、かつての私と同じように悩んでいる。その人たちの隣に立って、「頑張ってるね」と声をかける存在になりたい。あの日、人事担当者が私にしてくれたことを、今度は私がやる番です。
それがTACT HRの原点であり、桜花ライフアカデミーのメンターを引き受けた理由でもあります。
最後に——若者たちへ
細かい将来計画を立てることより、私は「人との縁を大切にする」ことだけをブレずに続けてきました。
利他の精神で人から感謝される動きを取り続けていれば、自分が困った時に誰かが助けてくれる。それは20年以上のキャリアで何度も経験してきた実感です。
この記事を読んでくれたあなたが、もし今「評価されない」「うまくいかない」「何がしたいかわからない」と感じているなら、一つだけ覚えておいてほしいことがあります。
評価は、他人がするもの。
だからこそ、目の前の人に「ありがとう」と言ってもらえることを、一つずつ積み重ねてください。見た目や肩書きではなく、その積み重ねがあなたの評価になります。
私の経験談が、誰かの「気づき」になれば。それだけで、私の存在意義があると思っています。
TACT HR株式会社:https://tact-hr.com/


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