自分の立場と自分の時間

夕暮れの分かれ道に立ち、空を見上げる若者——自分の立場と時間を見つめ直す

あなたも、自分の立場について考えたこと、一度くらいあるでしょう。
あなたも、自分の時間について考えたこと、一度くらいあるでしょう。

目次

「立場」と「立ち位置」——心の足がすくむ感覚

自分の立場……。家族で見れば、親と子の立場。学校で見れば、先生と生徒の立場。
友と自分の立場。先輩後輩と自分の立場。

ふと立ち止まって、自分の立場を漠然と考える時。立場だけでなく「立ち位置」という似た言葉で考える時があるかもしれない。

この果てしなく底深い社会での自分の立ち位置。この世界に溢れる人間の大きな数の中の自分の立場。

「立場」や「立ち位置」を考えた時、心の足がすくむ。自分が小さく見える。そんな経験をしていく年頃が10代から20代の時なのかもしれない。

高校時代——友人の一言が、私を変えた

私は高等学校在学中、自分が凄くちっぽけな存在に思えていた。

あぁ、全国の同級生の中できっと自分は中の下か、下の下そのものなんだろう。明確な物差しなんてないのに、ふと自分を俯瞰してみると、自分への自信になる材料がなかった。

このことを周りの友達に話した時があった。みんな一緒だった。一人が言ってくれた。

「俺はお前が大事だけどね」

その言葉に気付かされた。俺たちは俺たちが大切なんだ。そこからあまり、立場なんて気にしなくなっていった。

社会に出て——立場の重さが変わった

しばらく時間が過ぎ、社会に出て仕事をする中で、また自分の立場を考えるようになっていた。あの頃よりも、もっとリアルに、もっと重く、もっと暗くなりながら……。

自分の中で正しさを心の中に描いてみても、誤りを正すことができないのは、外に発する前に「立場」を考えるから……かもしれない。

偉くなってから自慢しようと思うのは、「立場」に執着しているから……かもしれない。

準備ができてから一歩踏み出そうと思うのは、今の「立場」に自信がないからかもしれない。

社会に出て割と早く高い壁に打ちのめされた私は、そんな風に情けない自分の原因を「立場」に求めた。そして、立場に縛られる自分を卒業したかった。正確には、立場に縛られることを言い訳に、正しさと自信を失っていく自分を卒業したかった。

自分の時間について考えた——「間に合わなくなる」恐怖

その時、自分の時間について考えた。

子供の頃、私の目には20歳の若者は大人だった。20歳と聞くと、立派な大人と思っていた。自分が20歳になった時「こんなもんか」と思った。

……何も変わっていない。ただハタチという時間が迎えに来ただけだった。

「このまま行動を起こさなければ……真剣に何かに挑戦しなければ……」

時間はあっという間に迎えに来て、また自分を「こんなもんか」と思わせる節目や出来事に遭わされる。それだけはもう嫌だった。

例えば私が最初に独立した時、その始まりの動機はこんなもんでした。

大義名分や社会的価値なんて頭の外の外の話。とにかく、一つでも自分に自信が持てる何かが欲しくて。間に合わなくなるのが怖くて、個人事業主になった。

事業内容の欄には「人の役に立つこと全般」と書いた。受付の人は首を傾げていた(まぁ当たり前か)。自分は何をやるかも決まっていない。決まっていないのに、やると決めたのだから、そう書くしかなかった。

今の立場に縛られているあなたへ

もしあなたが今の立場に縛られていたなら、これだけは言える。

私のようなバカ者でも、なんとかなった。あなたなら必ず自分のまっすぐな人生が見つかるはず。大事なことは行動すること。その時に、立場や時間にこだわらないで、自分を信じてあげてみよう。

私も桜花ライフアカデミーで私の思う正しさを模索し、表現し、共有していきます。

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